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【時田桜】ラブホはわたしのワンダーランド
わたしの高尚なラブホテル

ラブホテルはセックスをする場所だ。


だけどたまに、セックスという即物的な行為を取り除いたラブホテルを趣味として楽しむ人がいる。例えば、一人だけで、可愛いラブホテルに行き、ラブホテルの姿を写真に撮ってコレクションする人や、ラブホテル街の歴史や文化などとにかく周辺の記号についてばかりよく考える人がいる。
私は、そのような本来の目的を無視されたラブホテルの楽しみ方をずっと外道だと訝しげに見ていた。セックスを抜きにしたラブホテルを語るなんていうのは、お高くとまっている人がすることであって、本末転倒でしかない行為なのだと。
だが、あまりにも暑い今夏、私の即物的な欲求が失われた日があった。その日突然、私は、ラブホテルをセックスから切り離して語るという高尚な遊びを、心の底では自分でもしてみたいと思っていることに薄々感づいてしまったのだ。


「裁判傍聴よりもストリップショーの方が、ずっと高尚な趣味になるんだよ」


初めて、私をストリップショーに連れて行ってくれた男の子はそう言った。私もそれを聞いて、「なるほど」と感心したことを、思い出した。
ストリッパーの女の子達は、私が行く前に想像していたよりもずっとパフォーマンスのプロだった。彼女たちの股を必死に間近で覗こうと四苦八苦するおじさんを横目に、私は、体幹の鍛えられた彼女たちの裸体ポーズを芸術として捉えていたのだ。
それは、裁判傍聴で「もう薬やりません……」と大の大人が泣いているのを見ていたときの、私のミーハーな気持ちよりずっと高尚なものだったと思う。
私は、その日すでに、お高くとまる心地良さを覚えていたのだ。本来、性欲が縦横する場所だからこそ、性欲に悩まない人間ならば、とても簡単にそのレベルに到達できる。


私の通う東京大学駒場キャンパスから電車で1分、神泉では、大学で学問に触れた直後のより気高い面持ちのまま、ラブホテル街を散策できる。
いかがわしい場所と、失った性欲。二つの条件がそろったこのときに、私は、わたしの高尚なラブホテル、つまり、セックスに夢中な人達は気がつかないし、気にもとめないけれど、よく見たら作り手のこだわりや工夫が見えるラブホテルを見つけたいと思ったのだ。


神泉駅を降りて少し歩くとすぐ、由緒正しい階段を見つけることが出来る。その段差の低さには昔の花街の面影。階段脇の細い道には連れ込み宿の名残。そして、坂を登った先に建っているのは、異質なお菓子の家。
ここは個人オーナーが経営するラブホテルの多い神泉では珍しく、大手のベストディライトグループが作っている。ベストディライトは、ラブホテル業界が斜陽産業となりつつ今でも、貝殻ベッドがあるラブホ、恐竜がいるラブホ、ウォータースライダー付きラブホといった新しい個性的ラブホテルをどんどん建てている。
私は、このスイーツホテルというお菓子の家を見るたびに、本当に分かっているなあ……とため息をついてしまう。エキセントリックさという、私が思うラブホの強みを、このホテルは渋谷のど真ん中で具現化している。
もし、シティホテルにラブホテルが勝とうとしたら、エキセントリックさで勝負するしかないのではないかしら。 私の周りを見る限り、カップルが記念日に行くホテルとしてラブホテルは選択肢としてあげられていない。その時点で印象では負けていて、清潔さや清廉さでも基本的には負けている。
予定を立ててラブホテルに行こうと思うのは、このスイーツホテルの部屋写真に写るメリーゴーランドを見て、興味を持つときくらいだろう。それくらい頭のおかしい妄想や個性的なセンスを発揮していないと、ラブホテルは正式なデートスポットには選ばれない。


シティホテルで奇想天外な装飾をあまり見かけないのは、例えばもし、シティホテルでスイーツホテルと同じようなコンセプトのものを作ろうとすると、ディズニーのコンセプトルームのようなものを目指すことになり、ものすごいお金がかかるのではないからでないか。
シティホテルには最低限、令和の清廉さが必要で、それを特注のスイーツ家具で実現しようとすると、莫大な資金が必要だろう。
一方で、ラブホテルなら、ある程度チープさはあったとしても、エキセントリックさに全振りする潔さが許容される。実際、都市大都市工学の元教授が円山町散策をしていてスイーツホテルを見つけた時に、「2000年代の中国みたいだな」と言って絶賛していた。


ラブホテルには専用のインテリアカタログというものがある。そこには、私たちがラブホテルでよく見かける、キラキラした壁紙だったり、光るジェットバスだったりが載っている。
実際に、違うところが運営しているラブホテルでも壁紙が同じだったりお風呂が同じだったりすることはよくある。
私的にそれはとても萎えるけれど、大阪の老舗ラブホオーナーさんによると、バブル時代に作られた個性的なホテルを維持するのは周りが思うよりもずっと大変らしい。
古くなって改装しようとしても、家具は同じものは売っていないので、似た家具を高い値段を払って買ってきて、部屋全体を変えていないように見せるという方法しかないらしい。つまり、カタログに並ぶ画一的な商品の中から選べば、綺麗だし、一から考えなくて済むし、比較的安価だしで、カタログしか勝たんということだろう。
人気だと思っていたラブホテルでもギリギリの経営ならば、他のホテルにとって個性を維持するのはより困難なことであろう。けれども、ラブホテルがこれからどんどん画一的な場所になって行くとしたら、シティホテルに負けて衰退していくのは止められない。
そんな斜陽産業となりつつあるラブホテル業界でも力を伸ばすだけあり、ベストディライトのような大手グループは、この課題の解決のやり方が本当に上手なのだ。私がスイーツホテルの部屋写真を見ていて驚いたのは、マドレーヌベッドを見た時だ。


どちらも同じベストディライトグループのホテルの部屋だが、気がついただろうか。マドレーヌベッドを一から作ろうと思うと、特注でめちゃくちゃお金がかかりそうだけれど、貝殻ベッドの色を変えるだけならカタログで買える画一的な商品なので安価に済ませられるはずだ。


坂の上にそびえたつ圧倒的なスイーツホテルから、大手グループの実力を感じて、恐れおののいてしまった。しかし、大手ではなくとも、ラブホテルがエキセントリックさを演出できる方法は存在すると私は思っている。
大手の財力には負ける個人オーナーの場合でも、自分のコレクションや趣味を置いたり、脱マーケティングした個人のセンスを前面に出した部屋を作ったり、分かりやすい非日常な体験を保証したりする方法だ。
私が大好きだった今は亡きDIXY Innでは、レトロアメリカをテーマにデュークボックスや昔のコカコーラ自販機、タイプライター、ヴィンテージなバイク、その他こだわっているであろう家具の数々が置かれていて、ホテルのオーナーさんの愛を感じられた。



DIXY Innの写真

その亡きDIXY Innの魂を引き継いだ(DIXY Innから譲渡された椅子や絵画などが所々に置いてあり面影が感じられる)OLD SWING MUSIC STYLE HOTELでは、これもまたオーナーさんの趣味が爆発しているのが入った瞬間分かる。


フロントには、おそらくオーナーの趣味であろうレコードがずらーっと並んでいて、部屋には、おそらくこれもオーナーの趣味であろうミュージシャンの写真がずらーっと並んでいる。
そして、普段は触ることのない蓄音機が置いてあり、ラブホテルの本来の機能を忘れたとしても、新しい体験が保証されている。


「ラブホが好き」というと、よく、「変わってるね」と言われる。だけど、ラブホらしいキラキラした装飾や内装が好きでハマる人は意外とたくさん存在している。それが実際の目的であるセックスを排除した趣味となっている割合も低くはない。
たしかに、いくつかの昭和ラブホのエキセントリックさには、本来の目的と切り離して建物単体で見たとしても、人を魅了する力がある。初めて、そんな伝説の昭和ラブホを見た衝撃からどんどんラブホ沼にハマっていくのだ。


渋谷のラブホテル街自体は、あまり個性的なラブホが多いというイメージは私にはなかったが、本腰を入れて散策してみたら、渋谷にもエキセントリックといえるラブホテルはいくつかあった。


例えば、道玄坂の方に、壁から天井まで、変な顔したキノコだらけの赤い部屋がある。ちなみに、このキノコの名前はピンピンくんというらしい。


一体、どんな人が入ることを想定して作られたのだろうか。この部屋に一緒に入った男の子も、「本当にこんなところ入ってセックスするの?」といやいや私に連れてこられていた。
冗談としか思えないその内装は、まさに脱マーケティングだ。変な顔のキノコに囲まれてセックスしたい人はおそらく滅多にいない。刺さる人にしか刺さらないであろうこの内装が、私的には好感度が高い。


円山町の方を歩くと、昭和感あふれる派手な形の建物が夜のネオン街を形成している。ホテル03はその中でも一層目を引く形をしていたので、私は吸い寄せられるように入っていった。


部屋の中は、ブルーライトで星空が光る仕様になっていた。壁には、氷山と船が描かれて、まるで、私たちが寝ている白くて大きいベッドまでが広い海に浮かぶ小さな氷山のように感じられ、私はここを、タイタニック部屋と名付けた。コンセプトが感じられるこの感じが、まさに、シティホテルにはないラブホのエキセントリックさだと思う。


さらに、未だに購入困難なPS5をレンタルして遊ぶことが出来、連れの人はとても喜んでいた。カラオケとかゲームとか、楽しい体験が分かりやすく保証されていると、ラブホテル初心者でも入りやすい。


ホテル03の向かいにあるグリーンヒルでは、ラブホテルとは思えない体験が用意されていた。抹茶をたてることが出来るのだ。


しかもここの和室には、ラブホテルとは思えない高級感があるので、まるで恋人と旅館に茶道体験しに来たかと錯覚しそうである。ラブホテルに入るのに抵抗感がある人がもしいるとしたら、ここから始めるのが正解かもしれない。


そして最後に、ラブホテルといえば女の子の夢を叶えるプリンセス部屋だ。渋谷にはラブリーな部屋はないと思っていたので、今回の散策の大きな収穫である。


ピンクで統一された壁、ハート型の金の縁の鏡、シャンデリア、ラメが練り込んである床。この小さな部屋だけが、俗世と切り離されたまさに王道ラブホテルという空間になっている。
こういうキラキラな部屋を見ると直感的にラブホテルだと分かるのは、ラブホテルにはラブリーさのバランスなどは求められておらず、やり過ぎなくらいキラキラさせても何も問題がなく受け入れられているからではないだろうか。


ああ、私の健全な性欲はどこへやら。高尚フィルターを使うのは、やっぱり気持ちよくなるものだ。
周りの人がいかがわしいと思っていることの周辺を分析することで、あまり他の人がしていない考察を簡単にできる。
王道の対象で王道の分析をするのは、自分の前に大量に同じことした人がいるから萎えるもんね。


筆者紹介

時田桜です。東京大学教養学部4年です。ラブホテルが好きです。将来の夢は、素敵なラブホテルを創ることです。



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